『ブロックトーナメント後日談』

ブロックトーナメントから早くも2週間が経った。初めての、全国レベルのイベントでの勝利に酔いしれていたが、所詮は趣味の世界での話。日常生活は何も変わりない。既に、チャンピオンカーニバルに向けたデッキ構築と情報戦は始まっていて、色々と手を打っていたが、日々の生活は優勝する前と何ら変わらないのだ。
「ただいまー」
誰も居ないはずの部屋に帰ってきたというのに、俺は習慣的に帰宅の挨拶を発した。まあ、気分の問題なのだ。当然、返事はない。いや、返事がないはずであった。
「おかりなさい、お兄ちゃん」
そんな声と同時に、何かが下半身に衝突した。

一瞬の自我喪失。それから回復すると、俺のアパートの部屋に2人の人物が居る事に気が付いた。どちらも知っている顔だが、その組み合わせには違和感があった。一人は、ブロックトーナメントの後で会話をした、ブロッコリーのイベント課の担当者さん。もう片方はこのアパートの大家さん。大家さんはこの建物の1階に住んでいる。
「あ、スミマセン。大家さんに頼んで上がらせてもらっています。昨日のメールで伝えたとおり、ブロックトーナメントの優勝者に送る賞品の残りをお届けに参りました」
ブロッコリーの人がそう挨拶する。
それを聞いて思い出した。昨晩に届いたメールから、今日『ブロックトーナメントの優勝賞品の残り』が届く事が解っていた。不在の時に来たら困るので、代わりに受け取って貰えるように大家さんに頼んでいたのだ。宅配便か何かで送られてくるのだと思っていたので、ブロッコリーの社員さんが自ら赴いて来るとは想像外であった。そもそも、送られてくるのはSagaII仕様のスカイシップ、キャラクターショー2日目に表彰されたダブルストーナメントとランブルの勝者に贈られたラジコンの飛空船とヘリウムガスだと踏んでいた。
大家さんには「『ブロッコリー』という会社から荷物が来るからお願いします」とだけ話しておいた。それを知っていたから、大家さんが立ち会って部屋に運び入れたのだろう。
私が状況を飲み込んだ所で、大家さんが急に立ち上がった。
「ああ、本人が帰ってきたようなので、私はこれで失礼するよ。ちょっと、あなた。部屋はもう少し綺麗に使ってくれないと困りますよ。」
そう言うと、大家さんは帰っていった。正直言うと、一般人には説明しにくい事情なので、立ち去ってくれたことはありがたい。
安堵していると、ブロッコリーの人も立ち上がった。
「会ったばかりで申し訳ないのですが、帰りの電車の時間なのでこれで失礼します。詳しいことはまた後で連絡します。」
「えっと、賞品というのは・・」
「ああ、目の前にいますよ。ほら、挨拶なさい」
ブロッコリーの人がそう言うと、俺の下半身に抱きついていた彼女は、パッと離れて、俺の目の前に立った。緑色の髪。猫耳の付いた帽子。青と白が基調のメイド服。そしてしっぽ。
「はじめまして。でじこは今日からお兄ちゃんの妹になったにょ。よろしくにょ」
マジデスカー

それにしても、ブロッコリーは粋な事をしてくれる。優勝賞品として「妹」を用意するとは! しかも、その妹がブロッコリーのマスコットキャラクターであるデ・ジ・キャラットだとは。
だが、来年のブロックトーナメントの優勝賞妹はどうなる? やはりでじこなのか? いやいや、でじこはもう俺の妹だ。絶対に他人には譲れないな。そう言う理由で、来年の防衛には気合いが入る訳ですな。今、この瞬間から、次のブロックトーナメントへ向けた戦いが始まった。対戦相手さえいれば、直ぐにでもアクエリをプレイしたい気分だ。
「ねえ、お兄ちゃん、アクエリするにょ」
俺の気持ちを読んだのか、この申し出は渡りに船である。でじこがアクエリの相手をしてくれるみたいだ。
え! でじこがアクエリ?
まあ、ゲーマーズの店員なんだから、アクエリのルールぐらい知っていてもおかしくはないんだけどね。
「あの、でじこちゃん、アクエリできるの」
「うん、開発部の人達に教わったんだにょ そこら辺の人達よりは強いって自信はあるにょ」
どこから取り出したのか、デッキケースを手にでじこが言う。
「よし、お相手をしよう。お手柔らかにね」
俺もデッキを取り出す。まあ、最初だからフリープレー用のデッキで良いだろう。
「それはこっちの台詞だにょ。」
2人とも机の前に座ってデッキのシャッフルを始めた。
取り出したデッキはE.G.O.メインの3段デッキ。と言っても、並みの3段デッキではない。藤宮真由美・東海林光・結城望の3人が3段目まで入っていて、その上、五十嵐いぶきまでいる。冗談みたに聞こえるデッキ構成だが、このデッキで大会を優勝している。さすがに公認大会だが。3段デッキの有用性の論争に関して、俺の中で終止符を打ったデッキである。
が、いざ対戦してみると、でじこは強いことを言うだけあって、デッキもプレイングもしっかりしたものだった。2戦して2敗する。
「お兄ちゃん。そんなふざけたデッキじゃなくて、本気のデッキで相手するにょ」
フリープレー用のデッキだというのがバレた。
「いや、それでもこのデッキは大会で優勝した事があるんだよ」
「でも、本気で行く大会にはそんなデッキは持ち込まないにょ?」
その通りです。
そう言う訳で、チャンピオンカーニバルに向けた調整用に使っているデッキを出す。
「よし。それじゃ、でじこのお望み通りちゃんとしたデッキを出すぞ。これででじこが1回でも勝ったら、お兄ちゃんが何か1つ言う事を聞いてやるぞ。」
ゲームという形で何をお願いされるかで、妹のお兄ちゃんへの愛情がわかると言うイベントである。もちろん、意図的に負ける気はないが、TCGには事故が付き物なのだから、数をこなせば全勝という訳にはいかない。
「む、でじこの事をバカにしてるにょ。くやしいにょ。絶対に1回は勝つにょ。」
とはいえ、でじこのデッキとプレイングは、店舗レベルの予選会なら優勝できるクラスの実力がある。気は抜けない。兄と妹の楽しいアクエリが、いつの間にか本気の対決になっていた。
でじこのプレイスタイルは決断が早くて正確なものだった。まるでコンピュータで計算しているように、的確で素早いプレイであった。長考というものを一切しなかった。おかげで、スピーディーにゲームが進む。でじこのペースにこちらが翻弄されそうである。
「でじこって、今までは何をしていたの?」
勢力にいるニュートをサイバードラグーンでブレイクしようとするでじこに、俺はそう訊ねた。
「え、今日はイベント課の人に連れられて、お兄ちゃんの家に来たにょ」
でじこの答えを聞きながら、ブレイクしようとしたニュートにキネティックショットを打ち込む。どうやら、こちらの言い方が説明不足だったようだ。
「今日の話じゃなくて、俺の妹になる前は、どこに居たのか、って話だよ。」
でじこはメインフェーズを終了し、メカニックにパワーカードを挿して支配すうr。
「どうしてそんな事を聞くにょ?」
支配していたウルドを小鳥遊ひびきでブレイクされたでじこが聞き返す。
「ただの世間話だよ。」
タロットディーラーを勢力にいるメイドに向かってアタック宣言をしながら、俺はそう返した。
「でじこはひとりぼっちだったにょ。だから、秋葉原のゲーマーズの店員をしていたにょ。」
でじこはそう答えた。俺はメインフェーズの終了を宣言し、何にもレスポンスしないので、このままパワーカードフェーズに入る。
「あんまり、話したくないなら、話さなくてもいいよ」
でじこはメカニックにPSIボーグをブレイクしてアタック宣言。俺はトルバドールでガード宣言。
「でも、今日からはお兄ちゃんの妹になったにょ。もう、ひとりぼっちじゃないにょ」
俺の支配エリアがE.G.O.一色になった所で、でじこはサイバードラグーンをブレイクしてファクターを増やし、パニッシュメントを打ち込む。
「さすがにこれでは勝ち目がないな。」
俺は投了を宣言した。
「わーい、勝ったにょ」
既に10戦もしているので、小休止を入れるには良いタイミングだ。
「じゃ、でじこのお願いをきいてもらうにょ。でじこは、お兄ちゃんと一緒にお風呂に入りたいにょ。でもって、背中を流してもらいたいにょ。実は、もうお風呂の用意はできてるにょ」
うーん、何て嬉しいお願いをしてくる妹なんだろうか?

いつの間にか、お風呂には湯が張られていた。俺が帰る前にお風呂の準備をしていたと言うことなのだろう。よく見ると、御飯も炊いてあり、夕食の準備もなされていた。
結論から言うと、生まれて初めての兄妹で入るお風呂は非常に楽しいものであった。俺はでじこの背中を流すどころか全身を洗う羽目になった。お礼とばかりに、でじこも俺の背中を流してくれた。
俺は、20数年間も生きてきたけど、こんなに幸せなのは初めてです。

お風呂の後は夕食。
でじこの手料理だそうだ。そう聞いてちょっと引いたけど、食べてみると予想外に美味しかった。これから毎日でじこの手料理が食べられるなら、最高に嬉しいな。
夕食の後は、またアクエリをする。
2人とも遊び疲れたので、俺はもう寝よかと提案した。
でも、この狭い部屋には2人が寝るのに充分なスペースがない。そもそも、寝具は1揃えしかない。
俺がどうしようかと考えている間に、でじこは布団を敷いていた。
「お兄ちゃんと一緒に寝るのは初めてにょ。でじこ、うれしいにょ。」
ええっ、でじこは一緒に寝る気が満載なのですか!
まあ、結論としてはそれしか方法がないんだけどね。
「さあ、でじこ。明かりを消して寝るよ。」
俺は面倒な寝間着などは着ず、下着で眠る主義なのだが、でじこはパジャマに着替えていた。
「その前に、お兄ちゃんにお願いにょ。寝る前の『ちゅー』をして欲しいにょ」
兄妹で寝る前に『ちゅー』ですか? そんなことを要求されると、お兄ちゃんは理性が保てませんよ。
2人で布団に潜り込んだところで、俺はでじこのリクエストに応えた。
「それでは、おやすみなさい、でじこ」
俺はでじこの頬に口づけする。
「じゃ、でじこもおやすみの『ちゅー』をするにょ」
でじも、俺の頬を舐めるようにキスしてくれた。
この幸せが、一晩の夢でないことを願いなら俺は寝入った。

夜中、でじこが俺を起こす。
「お兄ちゃ〜ん、おしっこ〜」
それぐらい一人で行ってくれ、と思ったが、冷静に考えると、でじこが俺の所に来て、まだトイレに行っていない事に気が付いた。場所が判らないだろう。
「んー、お台所の反対側。お風呂の隣だよ」
場所だけ教えて眠ろうとすると、でじこが寄りかかってきた。
「みゅー、暗くて怖いにょ。お兄ちゃんに一緒に来て欲しいにょ。」
仕方ないので、部屋の明かりを付け、でじこの手を引いてトイレの前に連れていく。
「ほら、ここだよ。明かりも付けたから、もう怖くないでしょ」
「でもぉ、でもぉ、お兄ちゃんも一緒に入って欲しいにょ」
「判ったよ、ほら。もう、でじこはワガママなんだから。」
「わーい、嬉しいにょ」
俺はでじこと一緒にトイレに入った。
「ねえ、お兄ちゃん。もう1つワガママを聞いてくれる?」
パジャマのズボンを降ろしながら、でじこが言った。
「な、なんだよ?」
これ以上、何をせがまれると言うのだろうか? そもそも、目からビームを打てるでじこが何を怖がるのが疑問なのだ。
「『ちー』ってのをやって欲しいの」
「え!、『ちー』って何?」
意味不明の発言に、思わず聞き返してしまった。、
「ほら、よく小さい子をお父さんとかが抱きかかえて『ちー』ってさせるでしょ。でじこ、そう言うことをしてもらった事がないから、お兄ちゃんが出来たら、お兄ちゃんにして欲しいな、って思っていたんだ。ダメ?」
こういう形で、女の子の用を足させると言うのは、もちろん、初めての経験であった。でも、こういう関係って、でじこも言っているけど、兄妹と言うよりも父娘なんだろうね。
でじこ甘えすぎ。
もちろん、そんな甘えん坊な妹をお兄ちゃんは大好きなのである。
一言だけ文句を言うと、運動不足の俺の体力では、でじこの体重を支えるのはとてもつらい。まあ、そんなことは気にならない話なんだけどね。

朝になった。
俺は寝起きが悪い。
が、でじこは既に起きていて、のんきに歌など歌っている。でじこの歌声で目が覚めたようなものだ。
「でじこはメイド。お兄ちゃんのメイド。掃除、洗濯、お料理、以下略〜」
えーと、食事の後片づけは俺の担当なのかな?と言うツッコミを心の中で入れる。
部屋を見渡すと、確かに片付けられている。ちゃんと掃除されているみたいだ。
しかも、台所の方を見ると、でじこが朝食の用意をしている。その日の最初とは言え、11時を過ぎた時間に取る食事を朝食と言うならば、の話だが。

こうして、でじことの楽しい1日が始まった。明日も明後日もでじこと一緒だ。
ここでふと疑問に思う。チャンピオンカーニバルにもでじこを連れていって良いのだろうか?

<<続く>>


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