Nakajiの、1日1デッキ

更新は、平日の午前9時頃になります。


1998年11月12日

「眠れる森」第6話
今までの話は素直な読み通りの展開だったので、そろそろミスディレクションが欲しいなと思っていた矢先にこの展開だ。やってくれるぜ>野沢尚
 輝一郎の母、麻紀子は生きていた。そして、今での輝一郎を影から見守っていた。輝一郎が良く見ていた「白い服を着てバニラエッセンスの枝を持っている女性」の姿は、やっぱり麻紀子のものであったのだ。
 しかし、輝一郎の回想シーンに出た麻紀子の台詞「あなたを惑わすものは許さない」ってのは意味深。麻紀子は輝一郎をいわばストーキングしていた訳だから、大学時代の輝一郎が実那子と仲が良かったことは知っていてもおかしくない。輝一郎は事件の犯人が母親であろうと思っているのだろう。
 そして、雷雨の夜にオーキッドスクエアを訪れた由理。無関係で事情を知らない人物が事態をかき回すというパターンはよくあるのだが、この例は凄まじい。稲光に映し出された白い服を着た由理の姿を見て実那子は今までよりも強いフラッシュバックを起こすのだ。事件当夜も雷雨の日である。一番強く実那子のイメージに残っていて、思い出さないように封印されていて、事件の鍵となっている記憶である、犯人の姿は稲光に映し出されたものだろう。だからこそ、実那子のフラッシュバックは光を浴びることにトリガーして発生する。
 事件の犯人を麻紀子と誘導された僕としては、いつも白い服装の麻紀子は犯行時も白い服を着ていたと推測する。そして、稲光に映し出された白い服を着た由理の姿が、犯行時の麻紀子とダブったからこそ、今までより強いフラッシュバックを起こし、気を失ったのだと推理する。
 しかし、正気に戻った実那子は恐ろしい告白をする。「犯人は自分だ」
鏡に映った自分は返り血を浴びていたし、手に包丁を持っていた。
まだ、はっきりと思い出していないから、記憶が混乱しているだろと思うのだが、自分が犯人だと思い込み、かなり取り乱していた。
 麻紀子犯人説と実那子犯人説の二つが並立しているのだが、どちらも決定力に欠ける。麻紀子犯人説の場合、敵意を抱いていたのは実那子だけであるのに、なんで他の家族3人だけを殺して実那子自身は殺さなかったのか、という疑問が残る(これには2つの推測がある。いよいよ実那子を殺すときに第一発見者である国府が現れたので逃亡。ってこれは目撃者である家族を先に殺していたのだから、国府も殺せばよかったと言う意見もあるので破棄。もう1つはさらに凄まじく、家族3人を殺して、その罪を実那子に擦り付けるのが麻紀子の目的という説。これだと、中途半端に記憶の戻った実那子が自分を犯人だと思い込んだ理由も説明できるが、まだ証拠はない)。そして、実那子犯人説の方は、記憶が中途半端にしか戻っていない実那子がそう思い込んでいるだけであると言う点。
 いずれにしろ、話の大筋は実那子犯人説の方に流れていく模様。どちらが真実でどちらがミスディレクションか判断がつかないが、この先の展開が楽しみである。来週の木曜日が待ち遠しい。


1998年11月11日

3週間ぶりの更新。溜まっていた宿題を。
「眠れる森」第4話
全体的に「溜め」の話。本編より第5話の予告の方が衝撃が大きかった。まあ、もう5話目を見てしまったので、この辺で切り上げ。
「眠れる森」第5話
今まで張っていた伏線のほとんどが一気に吹き出した話。僕の読みはかなり当たっていた。
だが、僕が読んだのはここまで。だから、この先が非常に楽しみである。
しかし、輝一郎と国府が大学時代の同級生だって事も驚きだが、輝一郎の回想シーンで子供の頃の実那子と会っていたという描写も驚きだ。
輝一郎は15年前の事件とは無関係だと思っていたんだけど、こうなると、何らかの事情があって実那子に近づいたとしか思えない。
予告に出ていた次回のタイトルは「真犯人」。おい、もうそれが明らかになるのか?国府吉春以外の「国府」って苗字の人物名が語られたのも気になる。

次は「ガサラキ」
いきなりの実戦が砂漠。しかも、敵自体よりも関節等に入り込む砂塵の方が問題という。なかなかいい感じ。
どうやら、豪和一族とベルギスタン共和国を援助していた国際企業(「シンボル」と言うのがその名称か?)の間にTAの開発競争みたいなものがあったのだろう。というか、それぞれユウシロウとミハルを確保しており、その特異な能力によって、何らかの技術開発をしているのだろう。その一端がTAと言う形で現れたに過ぎないかも。
この日記を書くにあたり、データを参照したページには、この作品と「KET -the Metal Idol」との類似性を指摘していた。これには気がつかなかった。


1998年10月22日

 話の展開する方向については驚きは少ない。予測通りなのだから。ただ、余りの展開の速さに驚いている。
「眠れる森」の第3話。
 いよいよキムタクと中山美浦の昔の関係が明らかになった。中山が事件後のケアを受けた。その療養所が、群馬の森の中、約束の森にあったのだ。で、そこのセラピストの息子がキムタクだったのだ。
ちょっと文句を言うと、やっぱり伏線を早く消化し過ぎ。と言うか、その話の中で張った伏線をすぐに使わなくてもいいのに、と思う。キムタクの「父親の診療所に・・」と言う台詞である。
偽の記憶を完全に作り出す事は不可能であろう。中山が持つ幼い頃の記憶は、恐らくキムタクの幼い頃のものと一致するだろう。どういう手段でそうなったかは置いておく。ユースケ・サンタマリアを幼なじみだと思った事でや子供の頃の中山が男の子みたいな遊びをしていた、と言うのは明らかにキムタクの記憶であろう。
 ここで問題となるのはキムタクの方の記憶である。いわば、中山に自分の記憶を植え付けた訳だが、その過程で逆にキムタクに中山の記憶が植え付けられているのではないか?つまり、記憶を入れ替えたのだ。しかし、これはキムタクに取って残酷すぎる。中山が受けたPTSDを子供のキムタクが請け負う事になるのだ。いくら自分の息子でもそんな残酷な治療を施すとは思えないので、この仮説は放棄する。PTSDを克服したキムタクは中山に激しい憎悪を抱くだろうから、こんなドラマにならない。まあ、自分と同じ記憶を持つ中山に対し、複雑な好意を抱いたぐらいだと思う。基本となる記憶が一緒だから、好物も一致するだろう。また、診療所に蘭が飾ってあったから蘭を好むというのも一致しておかしくない。
 そうなると、子供時代にキムタクが中山に宛てて出したとされる一連の手紙も、セラピーの一種なのだろうか?僕は、中山が「15年前の約束の日」の直前にこの手紙を見た偶然を信じない。だが、それと同時に、中山がこの手紙を読むように、15年前から仕組まれていた(コントロールされていた)とも信じない。
 それに、キムタクの記憶に出てきた、フラッシュバックが起る時期である。10年から15年後とある。つまり、これよりもっと前にフラッシュバックが起る可能性があった訳だ。
この10年後と言う、フラッシュバックが起るであろう最短の時期は、言い換えると、5年前と言う事になる。つまり、中山が異臭騒ぎに巻き込まれた時期だ。これは偶然の一致かも知れないが。間違いなくこの時期にもPTSDへのセラピーを受けた訳である。セラピーを施したのが同じ人物でないと言えず、手紙云々というものが、この段階で仕組まれたという推測も成り立つ。最も、僕がコントロールされていた事を信じない件に関しては、15年も5年も一緒で信じないけど。
それと、2話続けて登場した、中山の実家とされる家。もう人手に渡っているとしても、その家の人に頼んで中を見せてもらう事だってできだはずだ。それをしなかったのは、実は中山の実家ではないという事だ。この家は多分、群馬の「約束の森」の近辺にあるだろうと推測される。中山がこの家を探しだし、家の持ち主から真相を聞く事が、中山の記憶を呼び戻す決定打になりそうな気配だ。
 それと、一家を惨殺されたとされる犯人の目的も、かなり明らかになっただろう。間違いなく、これは冤罪事件である。そして、犯人とされた人物(殺された姉の恋人)が無罪である事を証言できるはずの中山は証言できなかった。犯人はそのことを怨んでいるはずである。正規な再審手続きをとらず、保護観察員との連絡を絶って中山を探しているという事は、中山に恨みを晴らすのが目的であろう。
そして、彼がここまで詳しく中山の現在を知る事ができたのは、この事件に関して中山の死を望んでいる人物の手引きがあると推測できる。すなわち、中山の口を封じる事で最も得をする人物、事件の真犯人である。そもそも、この事件の被害者一家が市議会議員であるというのが怪しい。政治的策謀・陰謀の犠牲になったとも考えられる。
だが、こういう方向に話が進行すると陳腐な内容になってしまうので、この推測も放棄する。
さて、キムタクの子供時代が明らかになってくるにつれ、1つの疑問が浮かんでくる。それは事件のあった夜、隣の教会で歌っていた合唱隊の子供に、出てきた中山に反応して駆け寄ろうとし、神父に止められた少年がいた。彼は子供の頃のキムタクのではなかったのか?というか、この子が無関係な人物であるなら、まったく意味のない描写となる。
中山の中に眠る、彼女の真の記憶・人格は目を覚ます事があるだろうか?そして、それを起こす王子様はやはりキムタクが担うのだろうか?目覚めた王女様はそれで本当に幸せになるのだろうか?


1998年10月18日

情報処理2種の試験日。
午前中の試験は、今までにやった過去問と結構、毛色が違っていて驚いた。てーか、経理関係の問題はそんなに出ないと踏んでいたのに2問もでた。と、言う事で午前中の試験はあんまり芳しくなかった。午後は応用。そんなに難しくはなかった。しかし、学校のC言語の授業が、後1週間分でいい、早く進んでいたら、ちゃんと自作関数とかの講義を受けられたのに。授業の進行に付いていけなくて足を引っ張る馬鹿が非常に憎らしい。まあ、多分この試験は受かるだろうから問題無いけど。

「ガサラキ」第3話
この話で顕在化した、国家対巨大企業と言う対立構造。やはりサイバーパンク的。しかも自衛隊のTAは派遣されるし、アメリカ軍は奇襲を受けて壊滅するし。
ところで、この番組ってどんな視聴者層を対象にしれているんだろうか?例えば、前番組のファンシーララは、女の子がメイン、サブに大人の魔法少女ものファンを対象として据えていたようだ。CMもそれ向けのものであった。女の子向けの玩具に、他のアニメのソフト。ていうか、この番組自体が巨大なCMなんだけどね。キャラクターグッズやビデオの販売で利益を得るわけ。だから、視聴率は そんなに関係ない。見た人が確実に商品を買えばいいのだから。
で、ガサラキ。一応、ロボットアニメなんだけど、登場するTAを玩具として売るような展開はないようだ。そもそも、あのアニメを見た子供がTAの玩具を欲しがるとは想像しがたい。そうなると、大人のアニメファンが対象なのだろう。
テレビ東京が深夜に展開している、大人のアニメファン向けの番組と同様なのだろうか。しかし、この時間帯は深夜と違って見ずらい時間帯である。むしろ、他の局や前番組のファンシーララ同様、子供向けの番組が適している時間帯である。
ただ、1つだけ言えるのは、この時間帯の作品はスタッフの起用が巧妙であるという事だ。前番組のファンシーララは高田明美と望月智充。クリーミーマミなどのスタジオぴえろの魔法少女作品で名を馳せた人物である。そしてガサラキは高橋良輔。前も書いたけど、レイズナーやボトムズ、ガリアンなどのリアル系なロボット物で名を馳せた人物である。いずれも15年ほど前アニメで ある。そういう昔のアニメファンにしてみれば、それだけで興味をそそられる。


1998年10月16日

「眠れる森」第2話。
キムタクの役はストーカーじゃない。ストーカーを演じているキャラクターである。
中山美浦は、殺人事件後、件の森の中で心のケアを受けたのだろう。 その治療の過程で「家族は交通事故で死んで云々」という、偽の記憶を獲得したのだろう。
そうなると、15年後の現在、記憶が戻りかけている事とキムタクが現れた事の因果関係が問題となってくる。記憶が戻りかけているからキムタクが現れたのか、キムタクが記憶を戻すために現れたのか。
それと、事件の犯人が釈放されている事との関連も疑問である。キムタクの言動は、単なるストーカーとしては変な点が多い。だが、キムタクがストーカーとなり、新居の近くに引っ越した事は、中山美浦へ事情を説明せずに犯人との接触を妨げる為の手段と考える事は、合理的な解釈であろう。
ところで、次回予告に気になるシーンがある。中山がユースケ・サンタマリアとキムタクに対し「あなたたち、幼なじみだったの!」って怒鳴るシーン。少なくとも、今までの2話にはユースケ・サンタマリアと中山との間に何らかの関係があるという描写はなかった。
しかし、中山が自分の記憶へ疑問を持つのが早すぎるという気がします。てーか、せっかく第2話で張った伏線をすぐに使わなくてもいいのに。もったいない。


1998年10月14日

 病気して、マジックの大会があって、前期の期末試験があって、1月ほど日記が更新できなかった。まあ、ここを更新するためのバリアが非常に高いのが最大の問題なんだけどね。

 ご多分に漏れず、The Treasure of Genumにはまってます。最初の所持金で羅針盤を買い、人口密度の高い大陸を脱出。アルダでほのぼのと発掘を行っています。

 秋の新番組では「ガサラキ」と「眠れる森」が良いですね。後は色々と見たんですけど、どうもこの2つが飛びぬけている。
「ガサラキ」は、高橋良輔監督の作品です。この人は、レイズナーやボトムズ、ガリアンなどのリアル系なロボット物で名を馳せた人物です(と、言っても僕はこれらの作品を見たことはない。ロボット物は好きじゃないから)。赤チャなんかにも参加していたらしいんだけど、オリジナルな新作品は10年ぶり以上だと思う。
 で、内容。確かにリアルなロボット物である。ガンダムでさえチャチく見える程に。ただ、それはパトレイバー(特に劇場版の第2作)とEVAの影響が大きので、そう仕上がっている。これにオカルト的な要素が絡まっているので、ロボット物というよりもサイバーパンクと言った方がマッチする。
 単にガキにオモチャを売るための番組じゃなく、見ごたえのある作品です。
「眠れる森」は、キムタクと中山美浦が主演しているという事で話題のドラマだけど、フジテレビお得意の「人気や話題性でキャストを決めてから、それ合わせて脚本を作るドラマ」だと思ってなめてはいけない。
 ヒロインの中山美浦は一家惨殺事件の唯一の生き残りで、その影響で子供の頃の記憶が欠落している。福島県に住んでいて事件に遭ったのだが、自分のふるさとを栃木の山奥だと思い込み、他の家族は交通事故で死んだと思っている。恐らくは、親類に引き取られた後、その親類が事故死したので、混同しているのだと思われる。ここはあくまで推測。で、この殺人事件は、第1発見者の大学生(=姉の交際相手)が犯人として事件が解決しているが、これが冤罪臭い。この事件があったのが15年前で、この犯人は釈放されている。で、これが中山との接触を図ろうとしていて、その目的は不明。無罪を証明する為なのか、報復なのか。多分、これが冤罪なら、後々真犯人も接触を(しかもその目的は口封じ)図ろうとするだろう。
 で、キムタクの役どころが・・・説明が難しい。謎な存在なのだ。一見すると、婚約の決まった中山につきまとうストーカーなのだが、単にそれだけではない。ある種の予知能力を持っていると思わせるような言動をしている。都会の生活に溶け込んでいるが、中山との出会いの場所として、何と森の中を設定してきた。そしてキムタク自身、森の中に住んでいたような描写があった。森=異界の喩であり、そこの存在であるなら人間以外の存在という解釈も成り立つ。
 そういう事で、話の都合のために小さい嘘をたくさん積み重ねておいて「現実的な話ですよ」という顔をしているドラマと比べ、視聴者側に知的興奮を呼び覚ます、期待できるドラマである。


1998年9月7日

 医者へ行く。どうやらおたふく風邪らしい。大ピンチ。


1998年9月6日

 風邪が治らない。
 今、呪われた巻き物を集めているのだが、これがなかなか集まらない。困ったものだ。いや、かなりシャークなトレードの申し出はきているんですけどね。2:5とか1:3とか。シャークの手口は熟知しているし、それによってかなり美味しい思いをいままでしてきていたので、ちょっと複雑な心境。トレーダーとしての自分が「そんなトレードしてはならん」と言っているのだが、一方で、トーナメントプレーヤーとしての自分は「この程度は仕方ない」と言っている。どうしよう。


1998年9月2日

学校が始まり,更新が出来るようになった。手始めに,8月9日の大会の結果・上位デッキのレシピとその解説を乗せてみました。けど,途中からデッキ診断になってしまいました。つまり,山梨のレベルではこんなデッキでも勝つという事です(笑)。


1998年7月23日

 家からこのページを更新できな事を知る。大ショック。
 8月9日に山梨で大会を開くことになりました。運良く会場が取れました。告知はこちらで行ってます。できたら参加して下さい。


1998年7月21日

 lain第3話
 相変わらず、エヴァに似た演出が多い。今度は「見知らぬ天井」ですか。どういう意図を持って似せているか、結末が楽しみ。
 しかし、”アクセラ”に続いて今度は”プシューケー”ですか。”プシューケー”って確か「魂」って言う意味(ドイツ語で言う所の「ゼーレ」?)のオカルト用語ですよ。・・・でも、あの小学生3人組もストーリーに絡んでくるのか。名前も与えられているしね。
 いよいよ明らかになって来たのが、ワイヤードとリアルワールドに別々のlainがいる事。リアルワールドのlainはワイヤードのlainの存在を知らなかった。
 彼女が何者なのか、予測を立ててみよう・・・外れること願って。
1:lainは二重人格なので、お互いの存在を知らない。
2:他の人間がワイヤードでlainに成りすましている。(候補としては、四方田という少女あたりかな)
3:偶然の一致、他人の空似。容姿と名前がたまたま同じだった。
4:実はlainはワイヤードだけの存在で、リアルワールドのlainは7歳の時に死んでいた。最終回でそのお墓が出てくる。(笑)
・・・うーん、4番の「実は昔に死んでいた」と言うのは、lainよりむしろ四方田の方にありそうな話だ。


1998年7月19日〜20日

 泊り込みでのアルバイト。キャンプ場での手伝いです。バイト代はそんなに高くないけど、即金なのがよかったです。あと、仕事場は若い女の子でいっぱいでした。
 ・・・と言っても、年齢が10歳以下なんですけどね(笑)。確かに「若い」女の子でした。


1998年7月18日

 たらふくデュエルする。
 と言っても、山梨はそんない恵まれた環境ではない。デュエルできる場所を3個所ほどはしごする。
 それと、県内に初めてできたシングルカード取扱店に行く。なかなの品揃え。値段は全国レベルで特に変なものはなかった。カード以外も充実していて、とくにDuelist誌とInquest誌が置いてあるのがうれしい。
 しかし、ドルイドの誓いが500円は安すぎるでしょう(笑)


1998年7月16日

 久しぶりにカラオケに行く。当然のごとく(笑)アニソン限定。まあ、多少の逸脱はあったけどね。
 4人で行って、6時間かけて80曲ほど歌う。X200とJOYSOUNDその他の複合カラオケだったので曲数は豊富だった。これにセガカラがあれば完璧なのだが。


1998年7月14日

 Lain第2話を見る。録画しておいたのだが、寝ていて見てなかったのだ。

 改めて「電柱・電線」の描写が多いことに気付く。家庭からークネットワークへの接続はやはり電話線か、もしかしたら専用回線であろう。いずれにせよ、回線は電柱によって張り巡らされている。つまり、至る所にネットワが存在していて、周りを取り囲んでいる言う事の描写だろう。
 一応、言及しておくと、EVAやウテナとも共通する演出があることは気がついている。だが、個人的には押井演出との共通性の方がインパクトが強かったのだ。

 いずれにせよ、注目のアニメであることには違いない。


1998年7月12日

 自民党、歴史的大敗北。それは置いておいて。
 山梨でマジックの大会があって、本来なら参加するはずだったのだが、あいにく、資格試験(コンピュータ利用技術者)を受けていたのでトーナメントには出れず、後から会場へ行ってトレード&見学をしたに止まった。
 優勝は5CBの一種。黒ウイニーに近い。他の色に関して、見た限りでは火葬とハルマゲドンしかなかった。本当に5色なのかは不明。その他、上位陣のデッキはハーミット・リビングデス、ターボステイシスなどであった5CSやWNOなどの新しいデッキは姿がなく(情報が入らない)、(僕の感覚では)半年以上は昔のデッキが多かった。また、エクソダスが登場して最初の大会だったが、特にエクソダスのカードを活用したデッキは見なかった。バイバックのカウンターとプロテクション黒赤の騎士はいたかな。


1998年7月9日

 lainを観る。
 放送してたとき、途中から見て気になったので知り合いから借りてきた。 OPを観る。うーん、鳥がいっぱいだ。主人公の女の子は、帽子のせいで犬みたいに見える。本編が始まる。何と、飛び降り自殺から始まるのか。CGとセル(調のCG)による、現実とモニターの中の描き分け。
 押井守の影響が強いなぁ。自殺した女の子の名字が「四方田」なのは大笑い(これだけは解説を入れよう。OVA「御先祖様万々歳」の主人公一家の名字なのだ)。
 でも、あの世界観は気に入りました。今よりももっとネットワーク化がすすんだ世界。中学校でC言語を習っているし。英語も文法的な内容が高度になているのは、ネットワークでは英語が共通言語化しているのと、論理的思考の訓練をする必要があるからかな(予断だが、私の通っている情報系の専門学校に、自分の名前をローマ字で書けない程に英語ができず、また、小学生レベルの算数もわからないような奴がいる。当然、奴はCなどでプログラムを組むことなんてできない)。父親が”チャット”しているシーンもなかなか良かったし。
 と言うことで、注目のアニメです。


1998年7月7日

 日本選手権・決勝の話を聞く。
 エレベーター(袖やポケットにカードを隠しておいて適宜、入れ替えるいかさま。リフトとも言う)や積み込みをやって永久追放を食らったプレーヤーがいたとか。それ以外にも、警告をくらったプレーヤーがたくさんいたらしい。いかさまで永久追放は自業自得だとしても、警告がちと厳し過ぎる様に感じます。
 優勝は、相変わらず(笑)塚本プロで、デッキはやっぱり(笑)NWOだそうです。去年のファイナルにおける5CGやAPCS・日本選手権におけるカウンターポストの様に、下手にメタゲームを考えず、その時点で一番ポテンシャルのあるデッキを使うのが良いのでしょうか。
 というか、メタゲーム的にも優れているからポテンシャルが高いと言えるのだけどね。

 もうすぐ夏休みに入ります。現在は、学校からアクセスしているので夏休み中は更新できそうにありません。


1998年7月1日

 「センチ」最終回を見る。
 ほのかちゃん萌え萌え! と言う話は置いておいて、実は、センチのことは全然知らない。ゲームはまったくやったことがない。前に1度だけアニメを見たことがあったけど、脚本のあまりの悪さに閉口してしまった。それ以来、見てなかったのだが、最終話と言うことなので見ることにした。
 「PTM」や「プランツ・ドール」の”蜜月”の様な、『母親が不在の中、父親のことを慕う娘』と言う構図は大好きだ。思わず見てしまったのは、そういう理由なのである。
 筋を追ってみると、ほのかは宛名も差出人もかかないラブレターを投函するという奇行の持ち主であった。それに興味を持ったらしい郵便局員がいた。先述した通り、ほのかは自分の父親を慕っていて、よく父の仕事場にも足を運んでいたのだが、ある日、父親が助手の女性と不倫をしている、と言う話を聞く。その郵便局員に『告白』された事を契機に、不倫の真相を訊ねる。誤解が解け、ほのかは郵便局員の『告白』を断る、と言う話である。表層はこういう話だが、ほのかが宛名を書かない手紙を投函していた、と言う事実は最後にさりげなく言った台詞であきらかになる。
 ところで、この郵便局員は何者なのであろうか? 何で変な時間帯に投函物を回収に来ているのかとか、どうして紙ヒコーキを追いかけていたのか、という疑問ではない。あの郵便局員は(物語の世界に)実在する人物なのだろうか?
 ほのかが心のなかで思い描いている、「宛名のないラブレターの受取人」であり、「本来、ラブレターを受け取るべき人物」ないだろうか? Aパートで出てくる紙ヒコーキを追いかける描写は、荒井由実の昔の歌ではないが、ほのかが書いたラブレターの比喩である。「僕に手紙を書きませんが?」と言う『告白』は、「ちゃんと宛名を書いたラブレターを送ろう」と言うほのかの決心を表わしている。そして、最後に「僕はもう必要ない」と言うのは、ほのかがちゃんと宛名を書いたと言う証拠である。
 で、この郵便局員は具体的にだれの事であろうか? (帽子を深くかぶっていて)顔の上半分が見えない、と言う描写はほのかが小学校時代に交際していた彼氏を同じ描写である。ラブレターの受取人であるから、彼氏=郵便局員であろう。
 ところで最後のカットは、ほのかの部屋にある、Aパートで半分だけ登場した、赤ちゃんを抱く女性の写真の全体像が見えると言うものであった。そこには、帽子を取った郵便局員が写っている。
 この写真、ほのかの未来を写したものと考えてもよいが、ほのかの両親を写したものだとも考えることができる。そうすると、彼氏=郵便局員=父親と言う構図が浮かび上がってくる。実際、ほのかは「ラブレターを書くのだったらそれはお父さん宛てよ」という台詞を言っている。

 まあ、これも単に「ほのかは父親に似た男を彼氏に選んだ」と見ることもできるんだけどね。


1998年6月29日

 SMAPXSMAPを見る。
 冒頭に、草なぎ君がスーパーヨーヨーで中村名人と対決する、と言うコーナーがあった。いやー、最近のヨーヨー人気はすごいなぁ。
 その時ふと思ったのだが、ここの「ヨーヨー」を「マジック」に置き換えても、番組として成立だろうということ。スマスマの視聴者層は、SMAPファンの若い女性だろうから、中村名人が何者なのか知っている人は皆無であろう。
 対戦するのは、当然、塚本プロ。業師・中村さんあたりがサポートにつく。でも、普通にデュエルしたら勝ち目がないだろうから、何らかの工夫(ヨーヨー対決における空缶倒しみたいなもの)が必要だろう。デッキの相性が悪いものにしておく、と言う手がある。(今のスタンダードだったら、5CG対赤バーン。エクステンデッドならカウンターポスト対ネクロ)
 そういう発想をしてしまったら、その後は、SMAPのメンバーがどんなデッキを使うか考えてしまった。未だに日の目をみない企画「彼女がデッキを握ったら」(ときメモ編)(セーラームーン編)と同様に。
 と言うことで、「彼女がデッキを握ったら」に、SMAP編を書くことにしました。


1998年6月26日

 NTVで「となりのトトロ」が放映された。  この映画はもう20回以上は観ているのだが、また観る。家に新しくワイド画面のテレビが入ったので、それで観てみたかったからだ。  普通のモニターは4:3の比率だが、ワイドは16:9になっている。これは、標準的な映画の画面比である。いわば、映画鑑賞専用のモニターであると言ってよい。TV局の流す映像は基本的に4:3の比率であるからだ。  こんなマニアックなものが登場したとき、個人的には欲しいと思ったが、一般には全く売れないだろうな、と思った。だが、案外、人気があり、とうとう家の親まで購入した。断っておくが、家の親はそれほど映画が好きではない。  ワイドテレビが出たからといって、民放は映画の放映時に16:9の比率で放映するはずがないし、(もともとそうであった深夜などの放映を除いて)実際に放送されていない。以前、スタジオジブリで制作された「海が聞こえる」も、テレビ局の指示で、4:3の比率でない比率で作られたのに、放映時は左右を切った4:3で放映された事もある。「黒い部分があるのに画像が小さい」というクレームが視聴者からくるかららしい。  実際、ワイド画面で4:3の放送を観る時は、様々な画面編集ができる。左右に黒い部分を残して4:3で観る以外にも、上下を切って16:9にして見るとか、横幅だけ拡大して(=画像が歪む)16:9にして見るとか、その折衷(画面の一部を切った上に画像が歪む)で見るとか・・  画面を切ることで構図が狂ったり、比率を変えて画像が歪んでいるのを見るのは、僕は気持ち悪くて耐えられない。だが、家族には余った黒い部分があるのが許せない人がいて、いつも問題になる。  話を「トトロ」に戻すと、この映画の放映は珍しく16:9である。先に話した「4:3でしか放映しない」と言うのと矛盾する。実は、芸術的な評価が高い映画の場合、深夜の時間帯以外でも画面を切ったりせずに16:9のまま放映される。昔は、黒沢と小津の作品だけだったが、最近では宮崎駿の作品もそうなるようになった。画面を切ることで、著作者人権を侵害する事や、熱心な映画ファンに文句を言われるのを避けたのだろう。  そして、宮崎作品を16:9で放映する口実に、ワイドテレビ云々と言うのが使われている、というのは喜ばしい話だ。


1998年6月23日

 Zurに関する記事をアップした。  書いている時に気になったのは、”森の知恵”がまだ基本セットにあったかどうか。本当に、最近は全然見かけなくなったので、5版に入っていなかったのではないかと心配になった。  まあ、最近はそんなに有効なカードでなくなったのも事実だ。緑はクリーチャー展開の高速化が進み、ああいうカードを置いておく余裕がなくなった。ステロイドもすっかり見なくなった。  それと、ダメージを与えない、強いデッキが少なくなった事。そして、そういうコントロール系が”剣を鋤に(絶版)”を使えなくなったことでライフの回復がなくなったこと。こういうデッキ相手に4ライフ払ってカードアドバンテージを得るもの、このカードの強みであったわけだ。変わりに”大クラゲ(VI)”や”知恵の蛇(WL)”が入って、ライフを削られうるようになり、4ライフ払うのが危険になったのだ。


1998年6月21日

 珍しく時事ネタ。ワールドカップの話。

 ワールドカップ予選における勝ち点の付け方は、マジックで広く採用されているスイスドローのそれと同じである。ゆえに、インテンショナル・ドロー(合意による引き分け)と言うものをした方が良い場合も生ずると思う。
 具体的に言うと、1戦目は4チームとも引き分け。2戦目は両方とも勝負がついていて、3戦目は2戦目の勝ちチーム同士・負けチーム同士と言うマッチングの場合。勝ちチームの2つは既に勝ち点4を獲得しているが、負けチームは勝ち点1である。負けチームは勝った方でも勝ち点4しかいかない。よって、勝ちチームの方は合意で引き分ければ、両方とも勝ち点5となり、予選突破が決まる。
 決勝進出が自動的に決まるだけでなく、1試合やらない事でその分だけ選手が休めるとか、他のチームに情報を与えないですむとか、メリットは沢山ある。
 しかし、ああいうスポーツの試合は見世物的側面もあるから、こういう手法は主催者側が許さないかもしれない。

 ところで、日本チームのサポーターは「日本チームの負けにお金を賭ける」と言う行為をしないのだろうか? ギャンブルと考えれば不謹慎かもしれないが、日本チームが負けた場合に慰謝料を払ってくれる保険と考えれば、意義は大きいと思う。
 もっとも、日本チームの負けは倍率が低くて魅力が少ないと思う。また、ハンディをつけるタイプの賭け(日本でも賭けプロ野球に使われている方式)ならば、日本が予想外に善戦したのでかえって損をしてたかもしれない。


1998年6月18日

プライベートな事で色々と衝撃を受けて、1週間ほど日記の更新をサボる。
でも、もう大丈夫。某MLで暴れていたのも目的は達成されたし。
日本選手権の関東予選まであと1週間。でも、月末なので本当に参加できるかは厳しい状況。おかげで、エクソダスも全然買っていないです。
デッキの方は今日もお休み。やっぱり、1日1デッキってのは辛いな(笑)。


1998年6月11日

今ごろ気が付いたのだが、6月のルール改正でLand TaxとCursed Scrollが禁止カードになったのは、エクソダスの発売を見越してのものであったのだろう。コンボにするとヤバいものがある。

今は梅雨である。雨が降っているとカードの持ち運びにも苦労する。今日は梅雨の晴れ間だったので楽だったが、雨が降っていると外出する気力さえ萎える。 で、今日はこんなデッキ。時代に逆行しているコンセプトだが、対策さえうまく行えば奇襲効果もあるので良いだろうと思っていたが、これが全然、強くない。負ける。とにかく負ける。もう少し練り直す必要があるので、ここに載せます。

Rain of Tears 4
Choking Sands 4
Gravebane Zombie2
Blood Pet 4
Dark Banishing 2

Stone Rain 4
Scorched Earth 3
Goblin Vandal 4
Incinerate 4

Propaganda 3
Well of Knowledge 2

Wasteland 4
Gemstone Mine 4
City of Brass 4
Swanp 7
Mountain 5

サイドボード
Disenchant 4
Emerald Charm 3
Pydroblast 4
Propaganda 1
Earthquake 1
Diabolic Edict 2

1998年6月10日

いつも楽しみ読ましてもらっている 木村さんのカード・エッセイ に新作が追加された。もちろん、エクソダスのカードだ。 ちょっと気になったのは、敢えて 僕のページの記事 とかち合わないカードを選らんだのかな?という疑問。もし、そうだとしたら、ちょっと悪い事をしたかなと思う。
でも、こういう文章では構築環境に話が傾き、制限環境で強いカードが取り上げられる事は少ないので、木村さんのエッセイでこういうカードを取り上げられるのは、喜ばしいことだと思う。(大学に進学して上京してからは、ドラフトとかをたくさんやっているのかな?)

エクソダス注目カードの1つ、Mindless Automatonの起動コストで取り除くカウンターは2つらしいことを知る。ちょっと残念、と思ったが、1つだけならかなりヤバイ事になるのでこれで良かったと考え直す。

さて、この日記のタイトル通り、1日に1つデッキを書くことにする。今日のお題は、新しく禁止薬物になった2C-Bというもの。なんとなく、名前がデッキ名みたいな気がしませんか?

2B-C(98/4/1付けTYPE2)

Agonizing Memories 4
Painful Memories 4
Nekrataal 4
Dark Ritual 3
Memory Lapse 4
Time Ebb 4
Ophidian 4
Man-O'-War 4
Capsize 2
Impulse 2
Nevinyrral's Disk 3
Underground River 4
Bad River 4
Swanp 9
Island 5

サイドボードは未定。

1998年6月9日

いよいよホームページも開設でき、日記も再開することにしました。 1週間程で50ヒット以上もあるので、非常にうれしいです。 この調子でヒット数が伸びることを期待します。
授業なので、続きはまた。